日常を壊す一瞬の出来事が残したもの。新車の傷と心の傷。
この4月1日から、新しい職場でのスタートを切りました。高校を卒業して社会人になってからちょうど40年。10年ぶりのフルタイム勤務でもあり、期待と不安が入り混じる中での再出発でした。
ところが、その前日の3月31日。再就職前の最後の関門として訪れたハローワーク松本で、まったく想像もしなかった事故に巻き込まれました。手続きを終え、少し離れた第2駐車場で車に戻り、エンジンをかける前に家族へ連絡をしようとした、その瞬間でした。ドーン。腹の底に響くような衝撃音。何が起きたのかわからず外に出ると、停車中のわたしの車に、バックしてきた車がぶつかっていました。

この図は、3月31日に発生した駐車場での事故状況を再現したものです。
赤い車(相手)がバックしてきた際、青い車(自分)の後部サイドドア付近に衝突した位置関係を示しています。
実際の駐車場や車両そのものではなく、状況を説明するために作成した画像です。
左右前後に十分なスペースがあるガラガラの駐車場です。なぜそんな場所で、わざわざ停車中の車にぶつかるのか?しかも相手は30代の男性。「どうやったらこんな状況で事故を起こせるんだ?」本気で理解ができませんでした。暴風雨の中での警察の事情聴取も重なり、心身ともに疲弊しました。
わたしも過去に事故を起こし、深く反省した経験があります。昨年8月に自分の判断ミスで事故を起こしたとき、わたしは本気で落ち込み、運転を見直し、車を買い替え、決意を新たにしてきました。そんな中、今回ようやく手に入れた新古車。非正規雇用で収入が少ないわたしはローン審査に通らず、定年の近い妻の名義でようやく組んでもらった10年ローン。走行距離はまだ3,000キロ。返済もまだ4ヶ月目。それを、たった数秒の不注意で潰されました。
ぶつかったのは助手席後部。ドアは無惨に変形し、大切にしようと思っていた車が、一瞬で台無しにされました。相手の過失は100%。だからこそ感じるのは、「あなたは、自分がどれほど人の生活を壊したか、分かっているのか?」という強烈な怒りです。

助手席後部のドアは大きく歪み、ドアノブ付近も完全に潰れています。
下部には、相手車両がぶつかった際に付いた赤い塗料がはっきりと残っています。
多少の不安もありながらも新しい生活への期待、10年ぶりのフルタイムへの挑戦、妻と相談しながら購入した車…そのすべてを、相手のわずかな不注意が踏みにじったのです。
事故翌日から勤務はしていますが、運転中は信号待ちでぶつけられないかと後方が常に気になるし、交差点でも身体が強張ります。集中力も落ち、職場でも事故が頭から離れません。そしてどうしても頭をよぎるのが、「あの人は本当に反省しているのだろうか?」という疑問です。
事故が起きてからいつも思うのは、これまで自分が見てきた“危険な運転をする人たち”の姿です。以前、早朝勤務で午前3時台に運転していた頃、追越禁止を平然と無視しスピード違反で追い越す車、赤信号を無視して突っ込む車 を何度も見ました。自宅の前から国道に出る交差点は信号が見えにくいのか、赤信号を無視して横断歩道を突っ切る車が後を絶ちません。歩行者が青で渡ろうとしても、車が止まらず突っ込んでくることもあり、何度「このまま跳ねられるのでは」と冷や汗をかいたかわかりません。さらに、国道からの右折禁止を無視する車を何度も見てきました。
交通ルールを守らない車が、何の罰も受けず今日ものうのうと走っている。その一方で、真面目に生き、ルールを守り、安全運転を心がけている自分が、なぜ苦しまなければならないのか。「真面目にルールを守って生きても事故に遭うのか」――そんな理不尽さと虚しさに、押しつぶされそうになります。先日の新名神トンネルでの多重事故のニュースも、「スマートフォンを見ていた」という供述でした。もしかして、わたしの車にぶつけてきた彼も同じだったのではないか。そう疑わずにはいられません。
わたしが失ったものも、壊された心の平穏も、簡単には戻りません。だからこそ、相手には心から反省してほしい。「ただ修理代を払えばいい」という話ではありません。「自分の行動が他人の人生にどう影響するか」を、自分の胸に刻んでほしい。
4月8日に仕事を休んで精神科を受診しました。「頭が混乱している状況なので、薬を飲んで休むように」Dr.から言われました。就職して数日しか経っていないので休むことへの不安が大きく、「半日勤務でもできませんか」と尋ねたところ、「それで休めるの?」と返されました。その言葉で、ようやく自分が限界にあることを自覚しました。最終的に、自宅療養を受け入れることにしました。処方されたのは、抑肝散とワイパックスです。
入職してわずか5日。クビを覚悟して上司に診断書を提出しましたが、「しっかり休んでください」という温かい言葉をいただきました。その優しさに、張り詰めていた糸が少し緩んだ気がします。
修理にはまだ時間がかかりますし、心の傷が癒えるのにも、もっと時間がかかるでしょう。今は処方された薬の力を借りながら、少しずつ「時薬」が効いてくるのを待ちたいと思います。

