「叱れない上司、見て見ぬふりの管理職――その沈黙は誰を守っているのか

不祥事のニュースに、重なる違和感

 

自治体トップのパワハラ疑惑が報じられるたびに、わたしはいつも同じ違和感を覚えます。パワハラをする人が一番の問題であることは、間違いありませんが、同時に部下から相談があり、異変に気づいていながら、何も言わず、何もしないという選択をしてきた管理職の存在も、わたしたちはもっと真剣に考える必要があるのではないでしょうか。

 

「何もしない」という判断が残したもの

 

わたしが以前働いていた医療の職場でも、「おかしい」と感じる出来事が積み重なっていました。業務を十分に果たしていない人がいることを、周囲は皆うすうす感じている。それでも管理職は介入を避け、結果として、責任感の強い職員に仕事と負担が集まっていきました。

新人が途中から出勤しなくなり、何か月も姿を見せない状況でも、はっきりした判断がなされないまま時間だけが過ぎていく。本人を追い詰めないため、現場を混乱させないため、そう考えた末の「配慮」だったのかもしれません。しかし、その結果、誰も守られず、現場だけが疲弊していくこともあります。あいまいな状態が続くことは、確実に職場の力を奪っていきます。

今の管理職は、「何か言えばパワハラになるのではないか」そんな不安を強く抱えているのだと思います。けれど、何も言わないことは、本当に中立なのでしょうか。その沈黙は、黙って現場を支え続けている人たちに、過剰な負担を背負わせてはいないでしょうか。

 

管理職としての覚悟と責任感

振り返れば40年前、わたしが新人の頃は、上司によく叱られました。まだ自分の机で平気で喫煙する時代でしたが、怒ると灰皿が飛んでくることさえありました。さすがに人に当てるようなことはありませんでしたが、今の基準なら即アウトでしょう。

しかし、わたしはそれをパワハラだと思ったことは一度もありませんでした。 あれから40年。あの時、逃げずに私に向き合い、本気で叱ってくれた上司がいたからこそ、今の自分があるのだと心から感謝しています。そこには、言葉は荒くても「一人前に育てよう」という、管理職としての覚悟と責任感があったからです。

管理職という立場に問いを投げる

 

翻って今の管理職はどうでしょうか。 管理職は一般職員よりも高い給料をもらっています。その報酬は、ただ席に座っているためではなく、現場の規律を守り、おかしいことを「おかしい」と正すという骨の折れる仕事に対して支払われているはずです。「パワハラと言われるのが怖いから」と見て見ぬふりをするのは、優しさではなく、単なる職務放棄です。高い給料をもらいながら、本来の役割から逃げているに過ぎません。叱ることと、パワハラは同じではありません。見て見ぬふりと、配慮も同じではありません。

管理職とは、本来、難しい判断や、言いにくいことを引き受ける役割なのではないでしょうか。その責任をどう果たすのか――今、あらためて問い直す時期に来ているように感じます。

あなたの職場では、「沈黙」はどんな影響を与えていますか。