まつもと医療センターを退職しました(2026年1月5日)
2026年1月5日、私は国立病院機構まつもと医療センターを退職いたしました。
在職期間中、私は自分に与えられた職責に対し、誠心誠意、全力で取り組んでまいりました。目の前の課題から逃げることなく、組織の発展に寄与したいという一途な思いで積み上げてきた努力については、私自身、誇りを持っております。
昨年10月、まつもと医療センターの「業務サポートセンター」の取り組みが評価され、NHK長野放送局にてその様子が詳しく報じられました。放送後、私のもとには多くの方々から「雇用側ではなく障害のある当事者の目線で、働くことについての意義や課題に向き合っている」「業務サポートセンターの姿勢に新しさや感銘を受けた」というメッセージが寄せられました。番組内では、私のやる気を買った病院が私をリーダーに抜擢したかのようなナレーションがありましたが、事実は全く異なります。私は元々、障害者の就労支援を専門として働いてきました。働く意欲があるにもかかわらず仕事が与えられない「放置」の苦しみに耐えかね、私は自ら仕事を集め、居場所を切り拓いてきたに過ぎません。上司の指示によるものでも、組織としてのバックアップによるものでもありませんでした。それどころか、事務部長や管理課長から言われたのは、「病院はそこまでやれとは言っていない」という冷ややかな言葉でした。本来であれば、NHKの放送は私の励みになるはずでした。しかし、現実は真逆でした。その温かい称賛の声こそが、私の退職を決意させる最後の引き金となったのです。
業務サポートセンターの業務は増え続けている一方で、同じ障害者雇用の職員の中には、仕事がない時間に私物のスマートフォンを眺め、居眠りをしている者さえ放置されていました。私は、もっと適切な仕事の指示をしてほしい、この不健全な状況を改善してほしいと前任の管理課長に直訴しましたが放たれたのは、「障害者雇用はいてくれるだけでいい」という言葉でした。1年経っても全く変わらない状況に改めて管理課長と事務部長に直訴しましたが返ってきた言葉は、「他人のことに口を挟むな」という冷淡な拒絶でした。それは、私たちを戦力としてではなく、単なる「法定雇用率を満たすための数字」としか見ていない証拠でした。
障害者の職域拡大を謳う「業務サポートセンター」の実態は、適切なマネジメントが欠如した組織でした。管理者の質、そして「波風を立てないこと」を最優先にする事なかれ主義。個人の情熱だけで抗い続けるには、あまりに過酷な環境でした。病院経営は赤字だ、コスト削減だと常日頃から言いながら、一方で働かない人間に給料を払い続け、真面目に働こうとする人間の声を封殺する。このあまりにも大きな矛盾に、私は強い憤りを感じました。世間から「素晴らしい取り組み」と拍手を送られる一方で、内部では「存在しているだけでいい」と放置され、自律的な努力さえも「余計なこと」として抑圧される。この不誠実な組織に身を置き、自分自身を欺き続けることは、私の信念が許しませんでした。
志半ばで、このような悔しさを抱えたまま去ることは本意ではなく、非常に無念です。しかし、私のこの退職という決断が、まつもと医療センター、ひいては国立病院機構全体の構造的な問題に光を当てるきっかけとなることを切に願っています。
最後になりますが、在職中に支えてくださった方々には心より感謝申し上げます。 この真実が、正しく誰かに届くことを信じて。
2026年1月5日
国立病院機構まつもと医療センター業務サポートセンター
長谷川 洋

