正義が勝たない世界で、どう生きるか

正義は、必ず勝つとは限らない

 

正義は、必ず勝つ。努力は、必ず報われる。そう信じたい気持ちは、今もあります。けれど現実の社会では、正義が負けることもあり、努力が報われないこともあります。黒であっても、権力を持つ人が白と言えば白になる。理不尽だと感じながらも、声を上げれば上げるほど傷ついてしまう。そんな場面を、わたしは決して他人事として片づけることができません。

 

ドラマと現実のあいだで

 

昔、織田裕二さん主演のドラマ『正義は勝つ』を観て、強く共感したことがあります。正しいことを貫く姿に、「やはり正義は勝つのだ」と、どこかで信じていました。しかし、社会の中で生き、働くなかで、その確信は少しずつ揺らいでいきました。まつもと医療センターの業務サポートセンターで働いていた頃、理不尽だと感じる出来事に直面することがありました。正しいと思うことが通らず理解もされない。納得できない思いを抱えながら、それでも日々は過ぎていきます。

 

身曾岐神社のおみくじが教えてくれたこと

 

そんな思いを抱えたまま迎えた、今年の初詣。身曾岐神社で引いたおみくじに書かれていたのが、「腹が立つなら一足上がれ 岩の下をば水が行く」という神の教えでした。この言葉は、「どうしても腹が立つときは、今いる場所から一歩高いところへ上がってみなさい。足元の岩の下を、さらさらと水が流れているのが見えるはずだ」という意味だそうです。その言葉を目にしたとき、怒りでいっぱいだった心が、少しだけ静かになりました。

 

水のように生きるという選択

 

川の水は、岩があればぶつかりません。静かに横へ流れます。滝があれば、そのまま落ちます。「どうして岩があるのか」「どうして滝があるのか」そう問い続けて怒っても、水は前に進めません。

不条理な社会も同じです。絶対にないと信じたくても、不条理は確かに存在します。だからこそ、抗うことだけに力を使うのではなく、形を変えながらでも前へ進むという選択があるのだと思います。

理不尽な目にあっても、正義が通らなくても、努力が報われなくても。立ち止まらずに前へ進み続けるだけで、「わたしは腐らなかった」という立派な結果が残ります。不条理な世の中に腹を立てつつも、ひたすら前を向いて歩いていこうと思います。

厳しい世の中ですが、 皆さんも、一緒にたくましく生きていきましょう。