映画『ほどなく、お別れです』を観て …「死」と「生」を見つめ直す
昨日、映画『ほどなく、お別れです』を観ました。
かつて観た『おくりびと』や『黄泉がえり』を思い出しながら、始まりから終わりまで、涙が止まりませんでした。劇場のあちこちからもすすり泣きが聞こえ、「死」というテーマが、どれほどわたし達一人ひとりの人生とつながっているかを感じました。
物語は複数のエピソードを織り交ぜながら進みます。観る人それぞれが、どこかに自分を重ねられる構成です。わたし自身、祖母との別れ、そして義弟や義姉を53歳という若さで病気で見送った経験があり、胸に迫る場面が何度もありました。特に印象に残ったのは、突然の事故で妻を失う場面や、母を亡くした息子が「ダメ息子でごめんよ、母ちゃん」と語りかけるシーンです。大切な人を失う痛みは、想像するだけでも息が詰まるほどです。
年齢を重ねるにつれ、見送る側になる機会は増えていきます。生きていれば、不安や苦しみ、先の見えない絶望を感じることもあります。うつ病を経験し若者の自死の問題に触れるたびに、「生きること」がどれほど重たく感じられる瞬間があるかを思います。しかし一方で、はっきりしていることがあります。それは「死」は誰にとっても100%訪れる、という事実です。
わたし達は皆、例外なく死に向かって生きています。だからこそ、その“限りある時間”の中で、どう生きるかが問われます。うつの渦中にあるとき、「この苦しみは永遠に続く」と感じてしまうことがあります。しかし実際には、感情も状況も変化し続けるものです。変わらないのは「いつか死ぬ」という事実だけであり、それ以外はすべて、揺れ動き、移ろっていきます。
死は100%確実です。だからこそ、急がなくていい。だからこそ、今日を生きる意味がある。会いたい人には会い、伝えたい言葉は伝える。苦しいときは、誰かに「苦しい」と言っていい。“今日をもう一日、生きてみる”という選択を支え続けたい。
そんな思いをあらためて胸に刻んだ作品でした。

