その運転、本当に『過失』で済みますか?

2026年3月31日に相手の過失割合が100の事故に遭いました。精神科を受診し自宅療養になったこと、加害者に対して思うことを記事に書きました。

日常を壊す一瞬の出来事が残したもの。新車の傷と心の傷。

事故から20日、自宅療養の延長になった今の心境について書きました。

事故から20日、自宅療養の延長と今の心境について

 

2026年4月22日にクローズアップ現代で放送された「こぼれ落ちる“危険な運転” 危険運転致死傷罪と世論 」を見ました。

新名神高速道路で6人が死傷した事故で、容疑者は「スマホを見ていた」と供述した。去年、スマホなどを使用したことで起きた死亡・重傷事故は、5年前の倍以上となる約150件。死亡事故率が3倍以上はね上がる“危険な運転”だが、刑罰の重い危険運転致死傷罪の対象にならない。自動運転を過信した事故や、犯人が逃走中の死亡ひき逃げの多くも。“法律は世論とかけはなれている”と訴える遺族。その溝は、どう埋めればよいのか。

 こぼれ落ちる“危険な運転” 危険運転致死傷罪と世論 | クローズアップ現代 | NHK

“ながら運転”で奪われた命

① 三重県・新名神高速 追突事故(2026年)

概要
発生:2026年3月
場所:三重県亀山市・新名神高速道路
内容:大型トラックが車3台に追突
被害(親子)
子ども:11歳・8歳・5歳の3人死亡
合計:6人死亡(家族を含む)
原因
スマートフォンの“ながら運転”
衝突直前にブレーキ → 間に合わず
ポイント
家族単位で命が奪われた典型例
最新の事故であり、社会的インパクトが大きい

② 愛知県 小学生死亡事故(2016年)

概要
発生:2016年10月
状況:下校中、横断歩道でトラックにはねられる
被害(親子)
被害者:小学4年生・9歳の男児(則竹さんの次男)
原因
スマホゲームをしながら運転
38m手前で認識 → 無視してゲーム継続
判決
「過失運転致死罪」
禁錮3年
遺族の思い
「量刑が軽すぎる」
心情と法のギャップが大きい
ポイント
“ながら運転”の象徴的な事件
繰り返し行われていた危険行為が立証されても軽い処罰

③ 高知県 1歳児死亡事故(2024年)

概要
発生:2024年9月
場所:高知県の自動車専用道路
内容:対向車が突然はみ出し正面衝突
被害(親子)
被害者:1歳の男児(神農さんの息子)
原因
運転中にサンダルへ履き替え
→ ハンドル操作ミス
→ 運転支援システム解除 → 対向車線へ
特徴
“究極のながら運転”と遺族は指摘
運転支援システムへの過信
遺族の行動
約17万筆の署名活動
厳罰化を求める
ポイント
新しいタイプの事故(技術+油断)
法制度が想定していない行動

④ 東名高速 姉妹死亡事故(1999年)

概要
発生:1999年
内容:飲酒運転のトラックが追突
被害(親子)
被害者:3歳と1歳の姉妹
社会的影響
厳罰化を求める世論が高まる
→2001年に危険運転致死傷罪が創設
ポイント
法制度を変えた象徴的事件

NHKの「クローズアップ現代」を見て、強い違和感を覚えました。ながら運転のように危険性が広く認識されている行為であっても、なお「過失」として扱われている現実です。スマートフォン操作などは明らかに危険と分かっているにもかかわらず、その評価は本当に妥当なのでしょうか。

私は今年3月、駐車場で停車中に追突される事故に遭いました。過失割合は相手が100、私は0、いわゆる「もらい事故」です。法律上は明確に被害者ですが、実際に直面したのは、その言葉では到底収まりきらない現実でした。

事故後、私は精神的な不調をきたし、精神科を受診して自宅療養となりました。再診ではさらに1か月の延長が必要と診断され、仕事への復帰の見通しも立っていません。医師から「どうしたいか」と問われても、自分でも判断できない状態でした。休養が延びたことに安堵する一方で、職場への報告や今後の雇用への不安が重くのしかかっています。過失割合とは無関係に、被害者の生活は大きく揺らぐのです。

さらに、この事故の原因はいまだにはっきりしていません。相手から十分な説明はなく、ドライブレコーダーの映像も提示されていません。あくまで推測ではありますが、スマートフォン操作中の誤操作や、バックとアクセルの踏み間違いなども考えられます。本来であれば、事故の原因こそ丁寧に明らかにされるべきではないでしょうか。今回、衝突したのは私の車でした。しかし、もしそこに歩行者がいたとしたらどうだったでしょうか。結果はまったく違っていた可能性があります。重大事故と紙一重だった出来事が、結果だけを見て「軽い事故」と受け止められてしまう構造にも疑問を感じています。

周囲からは「早く忘れたほうがよい」という声もあります。しかし、事故はその瞬間で終わるものではありません。その後の生活や仕事、そして心の状態に長く影響を及ぼします。実際、同様の事故で重い障害を負った方や、後遺症に苦しむ方の話を聞く中で、この問題は決して個人の不運として片づけられるものではないと感じています。

ながら運転の危険性は、もはや誰もが知るところです。それにもかかわらず、制度がその危険性を十分に反映できていないとすれば、見直すべき時期に来ているのではないでしょうか。また、「過失」という言葉によって、本来問われるべき責任の重さや構造的な問題が見えにくくなってはいないでしょうか。

事故は誰にでも起こり得ます。そしてその影響は、想像以上に深く、長く続きます。本当にこれは「過失」で済ませてよいのでしょうか。私たちは問い続けるべきだと思います。

「ながら運転の危険性と法制度のズレ」をテーマにしたインフォグラフィック。スマホ操作による事故は重大な危険を伴う一方、多くが「過失」として扱われ、刑罰や被害者感情との間に乖離がある現状を指摘。危険運転の定義が時代に追いついていないことや、運転支援技術による油断、新たな事故形態への制度の遅れも問題提起している。結論として、法律・技術・社会意識の見直しが必要だと訴えている。