傷ついた心は、やがて翼になる~もらい事故から、心の傷が回復していくまで~

2026年3月31日。

その日は、私にとって新しい人生が始まるはずだった前日でした。翌日から新しい職場で働く。そんな再スタートを目前にしていた前日、私は、もらい事故に遭いました。

「なんで今なんだろう…」怒りなのか、悔しさなのか、自分でも言葉にできない感情が次々と押し寄せてきました。

 

乾いた冷たい風

 

事故そのものよりも、そのあとに訪れる“見えない傷”のほうが、私にはずっと深く感じられました。車に乗るのが怖い。交差点が怖い。後ろから近づいてくる車に、身体がこわばることもありました。

 

一曲との出会い

 

そんなある日、いつも聴いている、木村拓哉さんのFM番組『Flow』で、稲葉浩志さんの楽曲、『羽』が流れてきました。何気なく聴き始めたはずなのに、気づけば、その歌詞のひとつひとつが胸に深く刺さっていました。

「これ…今の自分そのものかもしれない。」そう感じました。

傷ついたこと。立ち止まってしまったこと。それでも前に進もうとしていること。自分の中でバラバラだった出来事が、その曲をきっかけに、少しずつ一本の物語としてつながり始めました。この“回復のストーリー”は、あの日この曲に出会わなければ、生まれていなかったかもしれません。

 

人生は、不思議な形でつながっていく

 

事故後、賠償請求のために弁護士と委託契約を結ぶことになりました。実は子どもの頃、将来なりたい職業のひとつが「弁護士」でした。まさか、こんな形で弁護士と深く関わる日が来るとは思ってもいませんでした。人生というのは、ときどき思いもよらない形で、昔の夢と再会させてくれるものなのだと感じました。

 

言葉が羽になる

 

一人で抱え込むのは、正直かなり苦しかったです。だから勇気を出して、友人たちに事故のこと、怖さのこと、悔しさのことを話してみました。すると、たくさんのメッセージをいただきました。

「無理しなくていいよ」
「ちゃんと前に進んでるよ」
「話してくれてありがとう」

その言葉たちは、沈みかけていた私の心を、少しずつ持ち上げてくれました。そして、ある友人がこんな言葉をかけてくれました。

「一度、お墓参りに行ったほうがいいよ。」

そのひと言が、私をもうひとつの“原点”へ導いてくれました。

 

原点に帰る旅

 

実は私は、子どもの頃、母方の祖母と過ごす時間が長い“おばあちゃん子”でした。その祖母が亡くなって、もう25年以上になります。気づけば、お墓参りにも20年近く行けていませんでした。

昨年から交通事故が続いたこともあり、友人の言葉に背中を押され、祖母のお墓がある埼玉県へ行ってきました。車で行くことも考えましたが、事故のことや渋滞のことを思うと、まだ少し怖さがありました。そこで今回はJRで向かうことにしました。

初めて乗り降りする駅。
昔とは変わった街並み。
スマホ片手に“Google先生”にも助けてもらいながら、バス移動もなんとか無事にたどり着くことができました。

その日は今にも雨が降りそうな曇り空でした。でも——お墓参りを終えた途端、空が一気に明るくなり、太陽が顔を出しました。まるで祖母が、「よく来たね。」そう迎えてくれたような気がしました。今年のGWでいちばん、心がふっと軽くなった時間でした。

 

全てはスタイル、飛び方次第

 

事故に遭ったという事実は消えません。傷も、恐怖も、完全にはなくならないのかもしれません。でも、それを抱えたままでも、前へ進むことはできます。

音楽。
友人の言葉。
家族との記憶。
ラジオ。
人とのつながり。

気づけば、そのすべてが、私の“羽”になっていました。2026年3月31日の事故は、私の人生を止めませんでした。むしろ、忘れかけていた大切な人たちや、自分自身の原点に、もう一度出会わせてくれました。

交通事故で心に傷を負った男性が、孤独や恐怖を乗り越え、ラジオや人とのつながりを通して再生していく物語。夕焼けの空の下、背中に光る翼を宿し、新たな一歩を踏み出す姿が描かれている。